2006’日本山岳耐久レース(ハセツネ)

2006年 日本山岳耐久レース【清掃登山】

日本山岳耐久レースも終え。
疲労が抜けきらない次の週、『清掃登山』なるものが行われた。

実は、私的にはかなり期待度が大きい行事であったのだな。


ゆっくり山を歩ける。

大会参加者と話が出来る。

散々練習に、本番にと使わせてもらった山に奉仕が出来る。


先週のレースのクールダウンをするつもりで参加した。
レースに参加してないけど、山好きな知り合いを誘ったけど、断られちまって・・・
人見知りな私は少し心細くはなったけど。
まあ、それでもいっかとお出かけ、お出かけ。

ところで。
山走りは何度もしてきたけど。
山ハイクファッションって、どんな格好がいいんだっけ?
すっかり普通がわかんなくって。
まあ、いつも通りでいっかと、セーターにジーンズで行きました。

武蔵五日市行きの電車の中。
何人か、ロングタイツに機能性シャツ、ザックからハイドレーションといういでだちの方々がいて。
ほぇー、もうトレランの練習を始めるんですかい!ってびっくりしたよ。

でも。集合場所に着いて。
目が点!

あの山走りルックの人たちが、そこかしこにびっしりいるんだもーん。
えー、これからまたレースでもするの???
・・・・・・・・・ごめん、すこーーーーし私はその光景に引いてしまいました。
掃除=山ハイク、って私は思っていたからさ。
てか、その格好で電車に乗ってきたことに、もっとびっくり。
街中でタイツ姿はちょっとね・・・・・・・

その中には、レースには参加してないけど。
毎年、清掃登山に来ている人達もいたり、子供連れであったり。
随分と和気合い合いな雰囲気がありました。

受付をすると、参加賞に飲み物が貰えちゃって。
あー、お金をかけさせて悪いなーと思っちゃった。

ところで。
あのハセツネのDVD、本編では自分の姿は確認できなかったのですが!
この清掃登山では、バッチリ映ってます!
しかも全身です。
私をご存知の方は、この受付風景で探してみてください♪
ちょっと具合が良くなかったので、不機嫌そうな顔してますが。

石川弘樹さんも参加されていて。
抽選会をしました。
私はすっごく身体の調子がアレだったので。
石段に座り込み、寝てました(爆)。
私はハズレ組みで、洩れなく貰えるステッカーが頂けるという事だったけど。
貰いに行くのが面倒で、貰ってませーん。

さてさて。
何処のエリアにお掃除に行くか、選ばなくてはいけません。
今年は清掃であっても、人数過多で激戦です!

私は御前山エリアに行きたかったけど。
時既に遅し。
三頭山エリアも・・・・・・・・
うーん、山頂コースは人気高過ぎ。

みんな、掃除がメインではなくって。
ハイキング・モード炸裂?
ハハハ、考えること一緒だよ~。

車での乗車人数に限るがあるから。
それに洩れると、すべてスタート発往復・コースか、ゴール着往復・コースになる。

選ぶのも面倒になってきて。
こっそりと帰っちゃおうかと思っていたら。
役員の人にスカウトされまして。
第三関門~ゴールのコースに決まりましたー。

・・・・・・内緒だけどぉ。
ちょっとタイプな人だったんだな、これがっ!
ヒヒヒ。

車に乗り込み、出発。

乗車していた人たちは、山走り・ルックの人はいませんでした!
なんか、ほっとしちゃった~。
みんな、完走してて。
しかも、それぞれのスタイルで完走を果たしている人たちで。
正直、すんごく刺激的でした。


ご夫婦で毎年参加されている方は。
なんと奥様が今年、アドベンチャー・グリーン受賞!!!
面白いことに、旦那さんは2回リタイアされていて。
周りから、「奥さん、旦那さん追いてっちゃったの?何かあったの?」と、
鋭い突込みをされて、もークスクス笑えてしまったよ。
でも、最近は二人揃ってゴールをしているそうです。

アドベンチャー・グリーンってすごいよね。
キラキラ眩しかったです~。

特筆すべきは、モノホンの最終ランナーHさん!
第1回大会に出場してて、17時間で完走したことがあるのだよ。
その当時、エベレスト登頂を目指してて。
2回挑戦をしているという、何だかハセツネの原点のような人!

DVDを見たら。
当日のファッションもなかなかカッコイイんだよー。

でも、本人、ちょいと天然が入ってる?というくらい、
飄々としてて、すっんごく面白いの!
何かしゃべる度に、笑いが出る!

今回、自己ベストを目指してたけど。
第一関門で飛ばしすぎて、後半寝ちゃったと言ってたけど。
その後の奮闘振りが面白いのよ。

コース上には、あらゆるものが散乱していて、すごかったらしい。
あろうことかこのHさん、落ちているオニギリ、羊羹等食べて飢えをしのいだよ。
でもね、水の入ったペットボトルは恐くて飲めなかったらしい。
うーん、サバイバル能力ってこういうことを言うんだって、感心しちゃったよ。

コース上には本当に色んなものが落ちていたらしく。
ライト、乾電池、帽子、肌着?等々、使えそうなものは、どんどん拾ったといってたなー。
自分が使うためか、ゴミ処理のためかは聞かなかったけど・・・・・・・・

でも、参考になったよ。
完走のためのサバイバル能力、いつか自分も使いたいぞ♪
てか、最後尾風景、見てみたい・・・・・・・・
現実を直視するのは恐いけど。


こんなに明るいうちの長尾平は初めてだー♪
あー、秋の山がこんなに美しいなんて、初めて知ったかも。
走ってちゃ感じられない風景だね。
残念ながら、練習では。
薄暗い中、黙々と走るだけのポイントだったね。


「ここまで来たら、歩いてたでしょ?」と聞かれ。
「いえいえ、ここからゴールまではほとんど走ってましたねー」と答えたら、
すっごく引かれましたナリ。。。。。

「何時間でゴールしたの?」と聞かれて。
何故かすっごく恥ずかしくって。
小声で、「・・・・・・・・12時間59分?」って言ったら。
一斉に周りからドン引きされて。
「どうして初めてでそんなに速いわけ?」
「・・・・・・・気が付いたら、こんなタイムだったんですぅ・・・・・」
っと、更に身を屈めてしまってましたー・・・・・

あれこれ質問されたから。
道具の使い方、ライトの選別、ライトの持ち方、あれこれ工夫話をしていたら。
アドベンチャー・グリーンの奥さんに。
「走らなきゃねー、道具なんてなんでもいいのよ」
とか突っ込みをされ。
そっかー、そうだよなーと。
可笑しくって笑えてしまいました。

完走できるかな?リタイアしないかな?ってドキドキしてたことも。
「走らなきゃ、完走できるわよ」
という突っ込みもナイス!、そうだ、そうなんだなーと納得しちゃった。

私なんて、山走りの仲間もいなくて。
ハセツネの様子なんて、あのDVDがベースだから。
体力のギリギリを使わなきゃいけない気がしてて。
事実、胸まで痛くなって。
死ぬかも!
でも、ゴールするまでは死なない!とか。
悲壮感たっぷりにレースしちゃったけど。

あんな命がけなこと、二度としちゃいけないとか。
終わった後、感動よりも肉体的・精神的疲労が大きすぎて。
えーな感じだったけど。

本当に人それぞれのレーススタイルがあって。
こうして一緒に清掃登山に参加した人たちのように。
年に一回の楽しみ(苦しみ?)を心待ちにしている人がたくさんいることに。
許容範囲の幅が大きな主催者にとても感謝したくなったよ。


考えてみたら、DVDでトップ集団で疾走する人たちなんて。
本当にわずか。
何か自分まで、煮詰まって考えすぎていたかもしんないって思った。


清掃登山に参加して、色んなスタンスの人の話が聞けて。
とても良かったよ。
緊張の糸が切れた感じだった。


清掃といっても。
ほとんどレース当日のゴミなんてなかったよ。
レース当日に、すでに役員の方々によって、ほとんど片付けられてました・・・

これはある意味、外部に対してのデモストレーションであり、
参加者に対しての、意識の向上を促すものなのかなーって感じでした。
重ね重ね、役員の方々にはご足労ばかりかけて、申し訳ないです。。。


さてさて。
清掃と言っても、長尾平からゴールまでは歩くと時間もかかりますので。
私たちのグループは、日の出山で休憩、昼食でした。
ヤッホー☆☆☆
すんばらしい山頂風景でしたよ!


ここから昼下がりの金毘羅尾根です。
美しいです!
こんなに美しいとこだとは知りませんでした。

もちろん、清掃目的なので。
皆、少ないゴミを先を争うかのように拾い捲ります!

がっ。
かのHさんは、のぼりを持つ担当だったので。
ゴミを見つけるより。
そこらに生えてるキノコにばかり目が行くようで(笑)。
珍しい品種があると、地元の人に食べられるかどうか聞きまくってました!

そのうち、先頭を行くHさんの足取りがドンドン速くなり。
その後を行く私も付いていくスピードが速くなり。
恐くて、後ろを振り向くことが出来ませんでしたよ・・・・・・・・・
後ろ、怒ってない?

途中、休憩中。
役員さんにちらっと言われた一言。
「さすがトレーニングしている方は速いですね~」
やばっ!
やっぱ速すぎだよね?ねっ?


登山道出口では、お迎えの車がいて。
お待たせしました~、豚汁チャンがお出迎え~。
ビールやジュースもあったよ。
申し訳ないことに、交通費まで支給されました。


みんなでくつろぎながら、歓談。
楽しい楽しい清掃登山は終了でーす。

今年もきっとたくさんの人が参加するんだろうね。
一昨年まではこんなに参加人数も多くなかったと聞きます。

色んな人と交流が持てて。
とても楽しいですよ♪

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2006年 日本山岳耐久レース【レース!⑧】

それは不思議な不思議な光景だった。


ラスト500mというポイントは。
大抵のレースでは、観客に見守られながらの花道。
沿道の力を借りて。
最後の力を振り絞るところなのに。

どうだろう。
私を今見つめているのは、星空だけなのだ!
星を見つめながら走る。
ゴールまで、一人も選手に出会わなかった。
私一人きりのラスト・スパート。

なんて粋なシュチエーション。

今日初めて夜の静けさに気が付いた。
星のため息さえも聞こえない。


静かだ。


こんなに私の心と身体は燃えているのに!


星だけが知っている。
今の私を。
星だけが感じてくれている。
私の呼吸を。

昨日から今にかけて。
私たちを見守ってくれていたんだね。
今回のレースのすべての記憶が無くなってしまっても。
この星の輝きだけは忘れたくないなよ。
きっとこれが私頑張りの証明になる気がした。
そんな気がした。

所々にいるスタッフに無言で手を振る。
夜だからね。

住宅街を通り抜ける。
うるさくないですか?
ちゃんと眠れていますか?
迷惑ではありませんか?

練習で、何度も道をお借りしました。
ありがとうございました。


一つ一つの家、風景を味わう。

そして。

最後のコーナーを曲がる!

洩れる光たち。
賑やかさ。
騒々しさ。


長い長い旅人の帰還!

ゴール手前のスタッフに大きく手を振る。
そして、大きな声で。


「ただいまーーーーーーー!」


何度もアドスポのDVDで見た、ゴール・ゲート!

両手を大きく広げ、思いっ切りゴールに飛び込んだ。
気が付くと女性フタッフ2人の腕の中にいた。
二人とも笑顔だった。
私も笑顔だった。


チラッと電光掲示板を見た。
「12時間59分22秒」

本当に13時間切ってらあ・・・・・・・・


へえー、いつの間に・・・・・・・
うーん、どこでどーなってこのタイムかはわからないけど。
後でラップを確認すればわかるのかなーと思っていたら・・・
誤って、見事時計からラップを確認する前に消しちゃった~~~。

ゴール後のスタッフの対応はとても親身なもので。
どこか痛いとこはないか?
具合はどうか?
痛いとこがあれば、マッサージを受けるところがあるからと。
細かく対応してくれた。

私は完走できたことがちょっと誇らしく。
スタッフの方にお礼を言って回るのが楽しくってしょうがなかった。

ゴール後にふるまわれる豚汁。
租借する力がなく、汁と薬味のねぎしか味わうことが出来なかった。

・・・・・・と、そこに。
私の真後ろに、ずっーーーとブログを愛読させてもらってたクリさんがいたのた!
試走の時もすれ違った時、気が付いていたのに。
あがっちゃってはなしかけられなかったんだよね。
でも。でも。
今度こそ絶対に話し掛けるんだーと思って機会をうかがっていたのだけど。
クリさん、仲間との止まらない弾丸トークに。
・・・・・まっ、いっかーと。
ゴール後、仲間との語らいの時間に水をさすような事はしちゃいけないかなーと。
結局、その場を離れてしまった。

女子更衣室に戻り。
メールの確認。
友達が迎えに来てくれてるから。

友達に伝えた予定ゴール・タイムは13~13時間半だった。
すっげぇ。
ぴったしじゃん。


更衣室には女性選手が数名。
シーンとしていた。

「下り、速かったですね。恐くなかったですが?」
と、話し掛けてくれた人がいた。

思わず、えーーーー!んな馬鹿な!という反応をする。
だって十分へぼかったはずなのにー。

暗闇の金毘羅尾根は。
慣れていない人には十分な恐怖だったのんもしれない。
下りで道を譲ってくれた人の反応もそんな感じだった。
なるほど。
ハセツネの面白さは、ここにもあるのかもしんないなーと感じた。


メールを打とうとしたけど、指が動かず。
なかなか送信できなかった。
そうこうしている間に携帯がなった。
会場の近くまで来ているけど、何処に行けばいい?
と、聞かれたので。
いなげやの前に来てとお願いする。

もー、何をする気力もなかった。
着替えもしないで。
レース・ウエアのまま。
コサージュが付いたジャケットを羽織る。

下半身はロング・タイツなので。
無茶苦茶変である。
けど、夜中だし?
まっいっかーでそのまま帰る。


完走証を見たら。
「女子総合 14位」とあった。
ふーん、年代別の表彰がない大会なんだーと。
じゃあ別に表彰式は関係ないよねーと。
とっとと帰っちゃったけど。

後日、年代別の賞状(5位)が送られて来て。
えーーーーー、となったのは言うまでもない。。。


結局、こんな大きな大会なのに。
誰一人知り合いを作ることもなく。
私の2006年の初☆ハセツネは終わったんだな・・・・・・・・・・
さびしいぞーーーーーーーーー!


当初、お迎えなんて頼んでいなかったんだけど。
この友人が、暗闇の山大会なんてあるわけないじゃん!と、
すんごーく引っ掛かりを感じたらしく。
興味津々だったのだ。
本当にやっているのかどうか、確認したかったらしい。
実は本人、山好き。

そりゃあねえ、私だって信じられなかったくらいだからね。

登山家やハイカーしかでないと大会だと思っていたら。
案外色んなスタンスの人たちが集っていて。
色んな楽しみ方。苦しみ方?をしていて。
すっごく不思議な感じがするもん。

道中、レースのこと、試走で体験した山の話。
たくさん語れば語るほど。
その言葉は私から離れて行って。
ついさっき経験してきたはずの大会さえ。
ドンドン遠のいていくようだった。


遠くなる黒い山を見つめながら。
いまだレースを続けている人がいる。
心を熱くして。
ゴールを目指している人がいる。
それさえも想像できないほど。
私は遠く離れていった。

完走出来て良かったな。
完走出来なかったら、来年リベンジしなくちゃいけないとこだったよ。
来年も走る?
いやー、今は考えたくないよ。

初めて奥多摩に来た時は、高尾山の明るさがなくって。
暗くて、道も良くなくって、じめじめ蒸し暑くって。
山が好き!などと。
とても口には出来ない感じだった。

義務感だけが支えだった。
とりあえず、どこまでこのコースに立ち向かえるのか。
その確認のためだけに通っていた。

楽しいという気持ちってあったのかな?
なーんにもなかった気がする。
ただ、淡々と通ってただけ。
たった一人。

試走では肉体的辛さしかなかった。
レースではそれ以上の肉体的辛さと、精神的辛さが圧し掛かってきた。
その精神的辛さは、1年たった今でも忘れていない。

だめだと思った瞬間、本当にだめになる恐さ。
ロードなら滅多なことではリタイアなんてないけど。
このレースでは、完走とリタイアが紙一重なのだ。
しかも、頑張れば頑張るほど。
その緊張に襲われるのだ。

初めての山岳レースで。
思いつくまま、本当に努力できたと思う。
100%に近い努力をしたのに。
100%の成果を。
完走という形に出来なかった時の恐さ。
それだけは味わいたくなかった。
自分の努力に報いてあげたかった。
ゴールして。
スタッフに心からの笑顔でありがとうって言いたかった。


リタイアだけはしたくなかった。
24時間かかってもいいからゴールしたかった。
24時間かけて完走する心構えもしていた。
最後には。
ゴールさえ出来ればいいと思ってた。

こんなに気力を振り絞るとは思わなかった。
ずっーとずっーと苦しかった。


家に帰って。
お風呂に入って。
念入りなアイシング。
この時はすっかり気持ちは、東京国際女子に向かっていた。
一日でも早く足を回復させたかった。

ハセツネに出ようと思った時。
次の月の東京国際女子は半分あきらめていた。
その覚悟で出場したのだ。


正直、ハセツネに向けての練習より。
こちらの練習の方がすさまじかった。
(たいした記録ではないんだけど・・・・)
山を走り過ぎた足は、まったく舗装路を受け付けず。
私は初めてレース前日に。
完走できないかもしれない・・・という、不安と悲哀の涙を流したほどだった。
故障もしちゃったし。


朝。
煌々とした朝日で目が覚めた。
「いつの間に帰ってたの?」
不思議そうに娘が行った。
朝帰りするって言ってたからね。
母だって、こんなに時間に家にいるのが不思議だよー。


アイシングをしたせいか、膝の痛みも筋肉痛も無かった。
ただ、上半身、特に腰痛が激しかった。
腰の回復にはかなり時間がかかった。


夢のような時間だったな。
あそこに行かなければ出会えなかった自分、山、人々。
1万人以上の選手が集まる大会があるのに。
2000人は決して多くはない。
(山の許容量的には多いけど)
何がそこで行われているのか、結局参加しなければわからない。

こんなことが行われていたんだ。
とうとう開かずの扉を開けてしまった気分。
私は今、ハセツネの証言者になりました!(笑)


扉の向こう側を、誰かに伝えてみたくって。
ブログを開設して書いてみました。

長くてスイマセン(汗)。
それでも言葉足らずな気分です。


スタッフの方には大変にお世話になりました。
試走の時から何度も話をさせてもらいました。
7月、コース・チェックや距離の計測(手押し車!)をされているのも見かけました。
どこの大会よりも熱い心を秘めている気がします。

山のレースって、制約も多いし、渋滞もあるけど。
そのストレスを受け入れる柔軟性が大切だと思いました。
どんなことがあっても受け入れていけるような強さ。


全然違う世界を垣間見た気がした。


再び私が奥多摩に足を踏み入れたのは冬にチラリ。
そして、新緑の初夏だった。
生命力旺盛な山の風景に。
初めて余裕を持って、山に接することが出来た気がした。

まるで初めての世界に足を踏み入れるように。
吸い込まれるように。

自然の美しさを見つけられるほど。
余裕も出来た。

新しい扉を開いたのかもしんない。
新たな刺激が衝動の素になっている。

新たな出会いにコンニチハ。


(後、ハセツネ後の清掃登山の話、書けたら書くねー。これがまた面白かったんだよ☆)


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2006年 日本山岳耐久レース【レース!⑦】

もっともっと軽快に走れずはずだった。


なのに。
いざ、走りやすいコースに出ても。
試走の時ほど、足が進まず。
こんな程度なのかあ・・・と。
少し寂しい気がした。


それでも、歩いてしまうよりは全然マシ。
とにかく走れ。
四の五の言わずに走るんだ。

痛がる左膝。
右足でかばうことなく。
左の痛みは左だけの責任で進めと、脳が指令。

第三関門までは本当にゆる~い坂が多い。
走ろうと思えば走り切れそうなのに。
足の力は残ってなかった。

第三関門、到着。
11時10分。

ナンバーカードの確認をしてもらって、出発。

段々近づく日の出山。

日の出山に登る直前、腰ポケットからもう一つのハンドライトを取り出す。

それも、今使っているスーパー・ファイアー。
私の秘密のこだわりとは。
スーパー・ファイアーを2本携帯していったことなのだー!

最初は1本で、電池切れをしたら途中で交換すればいいと思っていたけど・・・
1週間前に、真っ暗の河川敷で、ライトの点検と電池交換の練習をしたんだけど。
走って1時間以上たってて、指に力が入らず。
何でもない動作が上手く行かなかったのがすごーく気になってて。
いっそのこと、電池交換はしないで。
ハンドライトを2本持って行こうと思ったんだな。
スーパー・ファイアー、高いのにね・・・

日の出山手前では、まだ電池切れの心配はないと思っていたけど。
さすがに交換したら、全然明るさが違うなーと感じた。


クライマックスに向けて。
一つ一つの儀式をしているようだった。

日の出山下でスタッフの人が声援を送ってくれる。
「頂上に着いたら、星空も見て行って下さいねー」

「ありがとうございますー。
 風邪、ひかないでくださいねー」と答え。
最後の登りを始める。

最後の補給食のつもりで。
パワー・ジェル・バナナ味を食す。
が。
案外速く頂上に着いたため、半分しか口に出来なかった。

十分だ。
身体にはエネルギーが満ちている。


べたべたになった手をタイツで拭う。


日の出山、頂上。
絶句するほどの星が私たちを見下ろしていた。

息をのんだ。

でも、足は止まらない。
天空を見上げながら。
階段へと向かう。

時計を確認した。
いい加減、ここまで来たらゴール時間の計算が出来るだろう。
ここからゴールまでは1時間強。


んんん???
1時間20分程で13時間と出ましたが?
はて。
つまり、ここを1時間20分を切れば13時間を切れちゃうんですか?
一体いつの間にそんなことになっていたのかな?
確か、14時間切れればOKと思ってたのに?
膝が痛くなって、ビシバシタイムを落としているはずなのに?

なんで~~~~???
まだ、頭。
上手く働いていません!


状況が飲み込めないまま、進む。
ゴールすればすべてがわかるんだから。

膝は相変わらず痛かった。
1時間20分でも走り切る自信なんてなかった。
下りも平地も、そして上りも。
最早、試走の時のスピードは出ない。

それでも。
このレースをスタートして。
初めて闘志が沸いて来た。

自分を試せる。
自分の気持ちを試せる。
身体、痛みの限界を超えて。
(でも本当の限界ではない)
気持ちで引っ張るチャンスなのだと。


身体の細胞、一つ一つに問いかけた。


限界というヤツを見せてみな!

金毘羅尾根は、調子が良い時でもとても長く感じる。
今日は膝が痛いこともあって、更に遠い。

でも。
何度も走ってきたとこだから。
次の、更に次の風景まで身体に刻み込まれてた。


だからこそ、今日の辛さは格別だった。


汗がこれでもかってくらい、滴り落ちる。


試走の時、走って上れた緩い坂が走れなかった。
速歩に切り替え、気持ちも切れないようにした。


やっと残り5kmまで到着。
スタッフに声援をもらう。
大きく手を振り。
パワーをもらう。


下りであっても、山の5kmはまだまだある。
気持ちを切らさないようにした。

追い越しあったりしている女性がいた。
彼女は夜の山道に慣れていないようで。
恐いからと言って、下りでは私に道を譲ってくれてた。
でも、上りになると私が歩いてしまうので、彼女に譲る。
何度も、その繰り返しをしてて。
最後は可笑しくなって。
言葉も発せず、追い抜かしあってた。

でも。
もうすぐ舗装路の下りになる。
そしたら一気に彼女に抜かされちゃうんだろうなーと思ったら。
最後の一絞り。
残ってたパワーを出し切って。
上りを駆け上がり、ラストの下りに入っていった。

さすがに後ろが気になって。
何度か振り向いて確認しちゃいました~。


途中、猛烈な勢いで。
ダブル・ストックの男性に追い越されるけど。
追う気力はなし。


は~い、この下りを走って、次のコーナーを曲がると~・・・
いよいよ、登山道出口です!

・・・・・というとこなのに。
立ちつくしたまま、動けなくなってた選手がいた・・・

舗装路の下りが足にきちゃったのかな。
私はこの時はもう無我夢中で走ってたから。
既に、膝の痛みも忘れちゃってた。

下って。
下って・・・・・
行くよ!
せーの!


やったっーーーーーーー!
出口ーーーーーーーーーーーー!!!

もう、まるで宇宙からの帰還の如く。
思いっ切り、下界に飛び出した!!!

すかさず時計を確認。


何と、13時間まで残り3分30秒!

試走の時のタイムが。
出口~ゴールが3~3分半だったので。
全力で行けば間に合っちゃうの?
すごくない?
何このタイミング。

実はこの時、時計の見間違いで。
残り時間は4分あったのだー。
やっぱ、意識がおかしかったのだな!

星空に見守られながら。
ラスト・スパート、行くよ!!!


――――――――待て!次号!


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2006年 日本山岳耐久レース【レース!⑥】

明るいうちに見える、御前山の急登は。
思わず足を止めてしまいたくなるほどの壁に見えていた。

初めて一人で登るその坂に。
身体も心も思いっ切りストレスを溜め込んでた試走だった。

あまりの辛さに救いを求めたくって。
大好物の栗蒸し羊羹をまるまる1本、かじりながら登ってたこともあった。

でも、そんなことしたって。
辛さは忘れることは出来なかったけどさ☆


でも。
今は違った。

とうに身体は疲労し切っていた。
今まで限界だと思ってた、更に限界を味わっている感じ。
ただ救いは。
一番辛い箇所は、ほぼここを登り切れば終わるということ。


三頭山で、あんなに威勢が良かったと思われる男性選手たち。
口をきく元気もあったのに。
ここでは誰一人、声を発しなかった。

ただ、時折。
「うっ!」
「あっぁぁぁぁぁー!」という、
悲痛な唸り声が聞こえてきた。
多分、足を攣ったのだろう・・・・・・

勾配が急すぎて。
視線は自分か、前の選手の足元しか見えない。

杭に手を添えながら。
ただ、淡々と進むだけ。

選手たちの、苦しさに耐える息遣いだけが聞こえた。
いや、聞こえた気がしただけなのか。
それは私だけのものなのか。

静寂した闇の中。

最早、何も考えることなど出来なかった。
頭の中は真っ白だった。

途中で止まりたいとも思わなかった。


ただ。
ただ。
登り切れさえすれば楽になれるんだ。
それだけが支えだった。

気が付いたら、惣岳の頂上。
ここまで来れば御前山はすぐ。
えっ?もうここまで来ちゃったの?
正直、あっけなく着いたなと思った。
もっと、もっと苦しむことを想像していたから。

御前山に着いた感激もたいしてなく。
山頂、通過。


・・・・・・・地獄の下りが待ち受けていた。


はい。
思いっ切り泣きました。
心の中で。

ちょっとした段差さえ、膝に思いっ切り響き。
ぎょえ~~~~~
ほぇ~~~~~~
ひぇえぇぇぇ~~~~~
どわぁぁぁぁぁ~~~~~~
心中・阿鼻叫喚とはこのこと。


それでもせっせと足を進める。
決して立ち止まらない。
歩きよりは、少しでも速く!

横をたくさかの選手が、猛スピードで駆け下りる。


とりあえず、試走と同じタイムで大ダワに到着。

でも、レースの時は。
絶対タイムを落としているはずだ!
と、思い込んでいたので。
もっと時間がかかっていたのかと思ってた。

既に、タイムを追うことはまったく考えていなかった。
ひたすら完走することだけを考えていた。


・・・・・・・完走しなかったら。
来年まで、くすぶり続けながらリベンジの時を待たなければいけない気がして。
その方が絶対嫌だった。

こんなこと、此れっきりにしたい・・・・・・


気分転換にトイレにお立ち寄り。
これが最後のトイレ。


ここはリタイアポイントでもあるので。
明るくちょいと賑やか。

スタッフに見送られながら出発。


ここまで来たら、ゴールタイムが見えてくる。
・・・と、思ってゴールタイムを計算ようとしているんだけど。
あれれれ?????
時計の数字を見ても、計算が出来ない。
簡単な足し算をしたいのに、まったく頭が働かない。

もーいいやー。
とにかくゴールは出来るんだし。
てか、するよ?


ふっと、娘はもう寝てる時間かなーと思い出す。


大岳山までの登りは、そんなに負担になるほどではない気がする。
やっぱ、御前山で刺激が入ってるからかな。

それでも。
時折、意識がボーとすることがあり。
1回だけど。
平地でふらーって歩いてしまった。
ほんの数メートル。

でも、平地はすべて走ると決めたのに。
歩いてしまった自分が許せない気がして。
今後は絶対に歩かないと、決意をしなおした。


一度歩くことを許すと。
際限なく、自分の弱さを許してしまいそうだった。
弱さの隙間をぬって。
穴が大きくなりすぎにないように。
前を進む。
ここでほんの少し楽をするより。
一秒でも速くゴールして楽になりたかった。

やっと頂上近くの岩場に差し掛かると。
身体も心も、ふわーと軽くなってきた気がした。
頂上を越えれば、いよいよ最後の疾走区間。
ゴール。


ラストに備えて、最後の固形食を取る。
お高級なふわふわどら焼き♪


岩場は手を使うとこがあるので、時折口にくわえながら。


その時。
ミョーなことが起こる。

試走では一度もルート・ミスをしたことがなかったのに。
2回ほど、ルートをはずしてしまうんだな。

はっきりいってありえない。
案内板が、これでもかーってくらいあるのに。
何故はずしちゃったのか今でもわからない。
他の人は、誰もはずしてないのに・・・・

気が付くとみんなはどんどん頂上を登って行き。
私だけ、下の方にいた・・・・・・
いつまでたっても頂上に着かなかったよ・・・・


多分!
この口にどら焼きなんて咥えてたから、頭が酸欠にでもなったのかもね!

教訓。

口に咥えながらの登りはキ・ケ・ン。


感慨深さを味わうこともなく、頂上下山。

かなり危なっかしいとこだけど。
集中力も目覚めてくれるので、頭がスカーっとする。

たどたどしく鎖場を進む。
心は段々、スタミナ復活。


気が付くと疾走区間に入っていた。

走り出すと、膝の痛みの辛さを思い出す。


それでも。
第三関門は近い。
もう、目前。

頭の中で最終音楽が鳴り始めた。


当然、BlankeyJetCityだと思っていた。

なのに。
その音楽は、娘のお気に入りのアニメソングだったっ!

それでも、軽快に。
POPに。


ラストを目指す私の、軽快なBGMとなってくれた。

突っ走るんだ―――!


――――――――待て!次号!


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2006年 日本山岳耐久レース【レース!⑤】

膝の痛みと格闘しながら。
鞘口峠への下りを走る。

が。
不思議なことに。
ここはほぼ単独で走ることとなった。

どうやら私をバカスカ抜いていった人達は。
三頭山山頂でご休憩らしい。

ここの下りはちょいと長く、危なげな足元なので。
前後に人がいなかったのは、正直助かった。
もう少しで鞘口峠というところで。
ドドドドドォーと地響き。
一斉に選手達が追いついてきた。


三頭山~鞘口峠まで23分。
スタッフに声援を受けながら、登りに差し掛かる。

私が初めてハセツネ・コースに来たのは。
都民の森から入り。
鞘口峠~ゴールという後半コースであった。

まだ北丹沢耐久レースの興奮が残ってて。
一刻も早く、新たな山に入りたくってしょうがない時だった。

キタタンの会場で、みんなが熱っぽく語ってくれたハセツネの想い。
まだ高尾山しか知らない私には、ワクワクした期待しかなかった。

がっ。
初めて足を踏み入れた奥多摩。
鞘口峠からの最初の登りで。
「・・・・・・裏切られたっ!」って思ったね。

登りながら、私にはハセツネは無理っ!!!
5分もたたないうちに、ハセツネ挫折宣言(爆)。

暑い!暗い!霧がかって視界が利かない!
不気味・・・・・・・・・・・・


でも。
初めてのこのコースを8時間かけてやっとこさゴールした時に。
(最後は雨降りで、やばいくらいに暗かった。ライト不携帯だったし!)
・・・来週も来てみるかーって思ったんだよね。

レース中、やっぱりきつかった坂だった。
何故だか、三頭山よりキツイ感じがした。
登りながら、補給食を食べる。


そこさえ過ぎれば、ほぼ疾走区間。
やっぱり走るのは膝が痛くて、飛ばせなかった。
あんな登りでも、何だか恋しくなるから不思議なもんだ。

月夜見山に着いて丁度。
2リットルの水が切れる。

第二関門はすぐだ。
関門での給水に備えて、手袋をする。

これまで寒さはまったく感じなかったけど。
手だけは冷たく感じていた。
少しでも指を暖めておきたかったから。

月夜見山を下ると舗装路に出る。
妙にロードが懐かしかった。

静かだった。


私たちの心の奥に反比例して。

静寂した空気の中を通過して行った。

第二関門到着。
7時間33分。

まず、リザーバーに給水。
「コップで飲む?」と聞かれたけど。
一気飲みをすると胃にきそうな気配があったので。
リザーバーにすべて入れてもらう。

その後、トイレ。


よしよし、予定通りに休憩無しで、そのまま出発出来ると思っていたら・・・
問題勃発。

お尻が冷たい・・・・・・・・・

どうやら、リザーバーの蓋がちゃんと閉まっていなかったらしい。
時たまそれはあることなので。
ちゃーんと確認して収納したのに!

もしかして穴でも開いているんじゃ・・・・・
何度もひっくり返したり、そりゃもう慌てたさ☆
穴が開いてたら、水の携帯無しで進まなければいけないんだもーん!

そう、手袋をしたのも。
手が冷えてくると、上手く指が使えないのを見越していたからなのに。
結局、失敗をしてしまった・・・
まあ、気が付くのが早くて大事には至らなかったけど。

でも。
5分もかからないと思ってた関門滞在が。
10分かかったのはなー・・・・

とりあえず出発。

直後の坂をくだりったとこで。
選手が数名、関門に戻ってきた。

心の中で、「お疲れ様でした」と呟いた。


私の中では。
第二関門さえ過ぎれば、完走はもう確実だという認識があったので。
少し、切なくなった。


ゴオォォォォォォォォォォー


風の唸り声を聞いた。


頭上の木の枝が大きく揺らいでいた。
一人で、夜の山で。
この音を聞くのは恐いなあと考えた。
それでも。
いつか。
一人でこの音を聞いてみたい衝動が浮上。

ありえないって。

この夜はかなり風も出ていて、寒かったと聞いた。


でも。
風の強さを感じたのは、この瞬間が最初で最後だった。

寒ささえ感じ取る暇もなかったほど。
私の体内は燃え盛っていた。
頬が暑さで焼ききれてしまうのではないかと感じていた。

ちょっとした平地。
ここは走るべきとこだけど。
少しゆっくりめで走りながら。
オニギリを取り出し食べた。


次は第二の大登、御前山。
試走の時に感じた、うっという苦手意識はもう無かった。
不思議と。
レースの時にしか出てこない、私のチャレンジ魂が芽吹き始めた。

臆病風は引っ込んだ。

膝は登りには影響しない。


疲労から。
あらゆる思考能力がなくなりつつあった。

気持ちが無垢になっていってる気がした。


絶対に立ち止まらないで、登り続けられる。


そうして、御前山の登りが始まる。


――――――――待て!次号!

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2006年 日本山岳耐久レース【レース!④】

練習では、スタートから第一関門までは4時間半近くかかってた。

と言っても、途中出会った都岳連の人たちと会話を楽しみながらの道中だったので、当日はもっと好タイムが出るとは思っていたけど。

特に、序盤の今熊神社までは、いつもヘロヘロ状態で、
半分は歩いているような感じだったので、ここだけはなんとかしたい!と。
直前に刺激入れを繰り返していたのだな。

この第一関門までのタイムと。
ここから三頭山までのタイム。
この上り調子の区間で、ある程度のタイムが出せたら、
目標タイムを上回ることが出来ると踏んでいた。

三頭山を過ぎれば、ほぼ練習通りのタイムでゴール出来ると信じていた。

第一関門に着いてまずしたこと。
それはトイレ!!!

私は山岳レースで不安になるのはトイレなんであーる。
特に第一関門までは、トイレが途中ないじゃないか!
したくなったら、茂みに駆け込むしかない!
でも、こんな明るいうちに、列から離れたら。
おっ、あの女トイレだな!とわかっちゃうじゃないか。

婦女子として!
婦女子のプライドを賭けて!
茂みになんか駆け込みたくなぁーい一心で。
練習の時からトイレを関門まで我慢する癖をつけてきた!

前日、当日の水の摂取も計算していた。
もー、涙ぐましいじゃないか☆

その我慢時間の限界は4~5時間。
だから、実際第一関門に予定通りにトイレに駆け込んだ時は、
やったーーーーって達成感で一杯になったとさ。

・・・・・・くだらないことをつらつら書いてんな、私ってば☆

トイレを済ませ、汗が乾く前にさっさとスタート。

スタートしてしばらくは、応援の人も多く、
思いっきりの声援をもらう。

そこからは一気に人が少なくなる。
少し暗がりも始まり、寂しさと静寂が忍び寄る。

いよいよ始まる、そんな緊張感がまとわり付き始める。

ここからは一切他人のペースではなく、自分のペースにはまり込む。
降りかかる闇が、自分の世界に没頭するのを手伝ってくれた。

周りの人より早めにライトも使った。
ヘッドランプは電池交換が不要(多分)のLEDだし、
スーパー・ファイーアーも、下りだけの使用だったら、
電池の消耗が少ないと思っていたから。

が。
体の痛みはここが最高潮で、ここから最後まで。
痛みと向き合うはめになる。

まず、どうしようもなく、内臓の疲労が強かった。
胃がむかむかして、胃をむしり取りたかった。
少しでも平地の走りのペースを上げると、吐き気がしてきた。

練り梅の残量も少ない。
無意識に自分の腕の汗を舐めてた。

残り少ない梅は、後半のために取ってきたかった。

第一関門で痛めた膝が痛みを帯びてきた。
下りが激痛。
平地も練習以上には走れない。
でも、それも良かったかもしれない。
飛ばせば、猛烈な吐き気に襲われるのが必衰だから。

何よりもここに来て痛かったのが、肩。

当初、ザックはグレゴリーのリアクターを使っていたのだけど、
チビな私には合わなくて。
下りが続く箇所に来ると、肩を痛め続け。
どうしようもない痛みに襲われていた。

結局、買って4回目でリアクター終了。
肩の鍼治療はレース後まで続けてた。

レース中の痛みは想像以上で。
平地以外では、手を添えて肩紐を浮かせて、
痛みを和らげていた。

が。
その痛みも、膝の痛みが勝ると忘れかけてくるようになり、
次の痛みがその痛みを忘れさせるという嫌な繰り返しをしていた。

あれはどこだったかな?
忘れちゃったけど。

笛吹峠かな?
日没の瞬間から数分の、私がとても好きな景色があって。
もう、あれを思い出すだけでゾクゾクしてしまう。
光と闇がチェンジする瞬間。

いよいよ闇が自然を支配するというその時。
あの神々しさを見れただけでも、
このレースに参加出来た価値があったというくらい。

一人だ。
私は今、独りだ。
たくさんの人に囲まれていても、
たった独りの想像力に支配されていた気がした。

もう、レースがどうとか、タイムがどうとか。
それらを考えることさえ(少しはあったけど)あまりなく。

ゴールだけを目指す獣になってた気がした。

それでも西原峠には役員さんたちがいて。
何だか不思議な空間な気がした。
山奥に似つかわしくない明るい声援の人たち。
まるで、山のお祭り?
そのくらいのほのぼのさがあった。
人らしい声をかけてもらう瞬間、ハッと我に返る。

何だか役員の人たちの方が元気でおかしい気がした。

30kmを過ぎる頃、走りやすい尾根に出る。
見たこともない満月が威嚇してくる。
こんな景色が地上にあったのか。
見回すとみんな右を向いて、景色に見とれている。
いや、慰めてもらっているのか?

そうこうしているうちに、三頭山の登りに入る。
ここは、みんな気合が入ってる!
三つの大登のうちの最初の一つ。
まだまだ勢いがあるところ。

私もそりゃあ頑張ったさ~。
練習では2,3回は絶対に立ち止まってたけど。
今日は絶対に立ち止まらない!
そう決めてたから。

それでも威勢のいい男性陣とはまるっきりペースが劣ってて。
すれ違うたびに、「頑張ってください!」と言われちまってた・・・
でも、声をかける人たちの中には、鼻で笑っていく人も本当にいたんだよ!
中には「辛そうだけど、大丈夫なんですか~?」とか笑いながら言う人もいて!

もう、黙って抜いてけよ☆って感じ。

でも、本当にこんな声をかけられたのはここだけ。
きっと、後半はその人たちも声をかける元気なんかなかったと思うよ。

苦しかった。
肺が破れる感じとはこんなではないかと思った。
胸が痛くて痛くて。
防衛反応で、何度も拒絶されそうになってた。

辛さから逃れたくて、色々試していた。
息を吐け!
深く吐け!
森の小人さん、出てこないかな?
出てきて助けてくれないかな?
とっくにハイな脳天、何か幻覚でもいいから見えたら楽しいのに~。
マジで妖精にまで助けを求めていた(笑)

そうして、一度も立ち止まらず三頭山登頂!

タイムはスタートから6時間27分。
思わず、拳を握った。

後半6時間で12時間半!
え~~~~、うっそ~~~~!
はい、それがそんなに甘くないのは、下り始めてものの数秒で感じました。

膝が激・痛。
尋常じゃない痛さ。
涙がチョチョギレ状態。

やっぱ。訂正!
タイムなんかどうでもいい!

もう、完走出来ればそれでいい!

どうか、無事に完走のゴールに辿り着きますように!
それしか、もう望めない状態で、第2関門を目指す!!!

・・・・・ということで、待て!次号!

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2006年 日本山岳耐久レース【レース!③】

トレイル初心者の私のペースはたいして速くない。

けど、流れに付いて行く分にはじゅうぶんだった。

トレイルでのペース、これが確かに自分には出来あがてた気がする。

イーブンペース。

まさにそんな感じ。

まだまだ慣れない登りではあったけど。

今回、私が掲げた目標の一つが、「登りで決して立ち止まらないこと」。

登りの練習は、トレイルに来る以外では、階段トレーニング。

週3回、一時間、4ヶ月間続けてきた。

試走の時、あまりのへぼい私の登りを見て、

「そんな登りじゃだめだっ!

 登りというのはあーーーーーー」と、

いきなり知らない人から説教をされたこともあった(笑)

登りは辛いけど、堅実な練習がそのまま力に変わってくれるのがうれしい。

下りじゃ、そんなわけにはいかないもんね。

奥多摩で走るようになってから、ホント下りが下手になったよ・・・

入山峠を予定通りのタイムで通過。

階段を上るまでのロスタイムは1分半。

そうして、市道山到着。

これまた、予定通り。

ここからはほとんど時計を見ることもなかった。

見なくてもペースはわかってたから。

ここまで来て、やっとスタートから抱えてきた暑さ、体に溜まってた熱気が、木陰によって多少緩和された感じ。

けど、少々内臓に疲労を感じる。

胃が疲れきる前にエネルギーを溜めておきたくって、チビおにぎりを食べる。

いつもならスタートしてから1時間以上は水分を取らなくても平気なのに。

今熊神社に着いて、早々に水を口にしてしまう。

カラカラな喉。

チューチューと2回まで吸う。

3回だと第2関門までもたない気がした。

ザックから練り梅チューブを出す。

三頭山まで、手放せなかった。

固形食なんて何も食べたくなかった。

練り梅だけがあればいいと思った。

でも、それを許したら確実にバテル気がした。

小さな50gの塩辛いおにぎり、確実に食べた。

もう、必死に噛んだ。

噛むのも辛い・・・

そのうち、梅がなくなるんじゃないかと不安になり、自分の腕の汗を舐め始める始末。

流れに逆らわず、走るが。

途中、すっごくペースが合う女性がいて。

下りもそこそこ速いし、登りも結構いける!

醍醐丸の登りも、前行く男性を抜かし、ズンズン行く!

でも、それが彼女のペースなんだと思った時。

私もそろそろ自分の本来のペースに挑戦する時かなーと。

しばらく、頑張って彼女に付いて行った。

補給食も立ち止まらず、スムーズにザックから取り出し、補給。

うーん、慣れてるな☆

私も進化しなくちゃ、そう思ってたら・・・

いきなり立ち止まっちゃった☆

さーよーなーらー・・・・・・

20km地点だったかな?

富士山がそれはそれは綺麗に見えるところがあった。

景色は限りなく私たちにエールを送ってくれていた。

そうして、第一関門数キロ前。

更衣室で見かけたあの女性に追いついた。

彼女に着いて行けば確実にゴールできるかもしれない。

しばらく後を付いて行く事にする。

ここまで来ると立ち止まってる人が多くなる。

下りや階段になると、道を譲ってくれる人もいる。

もう、ここは花道ですかあ?というくらいに両サイドに、「どうぞ、どうぞ」と言う選手たちの群れ。

譲られたら手早く進まないといけないかなーと、よけいな遠慮をしてしまう私!

そうして悲劇が起こる!

大げさ?

大げさじゃないさ~。

だって、階段を譲る人たちは、階段の端に立ちづらそうに立っててさ。

早く降りてあげないとかわいそうじゃん!

いつもはゆっくり確実に駆け下りる階段なのに。

思いっきり駆け下りちゃったわよ。

何回もね。

そんで。

そんで?

膝に早々と違・和・感・・・・・・・・・・・

極めつけ、おバカな私は調子に乗って。

止まらぬスピードを押し殺すこともしないまま。

かの女性先輩を一気に抜いちゃったんですねえ・・・

第一関門まで、後はほとんど平地と下り。

ここは本当に気持ちよく走れるとこ。

これが平地での疾走の最後でした。

一気に関門に飛び込み、そのままつぱしりそうになるところを役員の方に取り押さえられまして。

ゼッケンの確認。

時計を確認したら3時間50分。

おおー!なんてこったい!

4時間切っちまったよ!!!

予想外のタイムにちょいと驚き~。

では、続きはまた今度☆

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2006年 日本山岳耐久レース【レース!②】

ハセツネコースは10回試走に来ました。

でも、ピーカンの晴れ日なんてあんまりなかった。

むしろ、雨や霧が普通で、山なんてそんなものだと思ってた。

がっ!

この当日の晴れ具合はどうしたことだろう!

昨年の悪天候が印象的だったから、むしろ雨の時の心構えでいた。

25℃を超える天気は、ロードのレースじゃ夏マラソン。

会場に着いてからもあれこれ暑さ対策を考えたよ。

食べるものとかも、もう一度チェック。

私はあんまり胃とか強くないから、固形物がどれだけ食べられるか、

でもパワージェルはせいぜい4個までしか食べられないし!

ゼリーを持ちすぎると重くなるし。

荷物の重量は5kgを超えないと決めていたから、無駄に持ち物を持っていきたくは無かった。

たくさん持っていっても食べ切れやしないし。

足首には、捻挫予防のテーピング。

足全体にサロメチール。

髪のまとめ方も何度も熟考したものを。

何度もトイレに行き。

動的ストレッチ、足の動き作り等、準備運動。

足をマッサージしながら調子を見る。

更衣室で準備している時、50代くらいの女性のおしゃべりが聞こえてくる。

どうやら、上位入賞者の常連のよう。

初参加からずっと入賞を繰り返しているよう。

素質がある人なのかな?

この人とは、このレースの分岐点となるところで会うんだな!

グランドに出て整列を待つ。

やっぱり暑い。

影でじっとする。

そして、開会式に合わせて列の中に入る。

どこが前列なのか、どこからどうやってスタートするのかわからなーい!

でも、人の流れについていく。

12時間のプラカードあたり。

ずうずうしいかなとも思ったけど。

ダブルストックの人や、私の倍はありそうな荷物を持っている人がわんさかいて。

まっ、後ろに移動する必要もないかなとミョーに、自分を納得させるのであった。

意外と開会式は長い。

いや、暑さのせいで長く感じるのかも。

私はザックを下ろし、顔を下に向けて、なるべく日差しを受けないようにしていた。

周りはザックを背負ったままだった。

おかげで開会式の様子は一切わからなかった。(笑)

スタート5分前。

急いで日焼け止めを塗り、ザックを背負う。

ぷあぁぁぁぁぁ~~~~~~~ん

スタート!

長距離走のレースゆえ、緊張感は無い。

淡々と前に続く。

校門を出て、上手く人ごみを潜り抜けていく人を見つけ、後に続く。

今熊神社までのペース、早くも無く、遅くも無く上手く走る事が出来た。

発電所まではペースにのり、発電所の下りからかっとばす!

練習の時は、今熊神社前でさえ歩いていたヘタレな私が頑張りました!

神社に着いて役員の人に声をかける。

「お疲れ様ですー、ありがとーございますーーー」

そしたら、???な返事が・・・・・

「ああー、大きくなってー、お父さんに似てきたねー」

はあ?

はあ・・・・・・・

何か、お互いの感性に隔たりがあったもよう。。。。。

ということで、いよいよ山突入です!

続きはまた今度!

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2006年 日本山岳耐久レース【レース!①】

そーそー。

キタタンの会場で、とても奇妙な言葉を聞いたのだった。

「キタタンより、ハセツネの方が楽だよ」

はあー?

44kmより71.5kmの方が楽って、どーいうーこと?

訳わかりませーん。

とりあえず、試走もね、そりゃあしたよ。

とりあえず、10回くらい。

試走の話まで書いてると、いつこの話が終わるかわかんないから、

とりあえず大会当日の話を書くとする!

★持ち物 

 ☆水2ℓ  第2関門で1.5ℓ補給 

 ☆補給食 

  1個あたり50gの梅入りおにぎり・塩は濃い目を3個 ←ここポイント

  どら焼き 3個 ←高級贈答品ご用達和菓子屋のふかふかの生地のヤツ

  パワージェル 3個

 以上を、各関門ごとに各1個ずつ摂取

 第3関門では、バワージェル1個

 ☆ライト MIO-XPとスーパーファイアーF-301

 ☆ウルトラ・ライト・ジャケット

 ☆テッシュ

 

えーと、このくらいだっけかな?

重量は5kgぴったし!

実は、心配性な私らしい、もう一つの隠し持ち物がありまして・・・

それは後ほど書くかもしれないけど。

こんなものを持っていったのは私くらいで。

しかも、とっても役に立ちました・・・

でも、人様に話したら、笑われそうなんですけど・・・

では、続きはまた今度。

 

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2006年 日本山岳耐久レース【きっかけ】

日本山岳耐久レース。

まあ、どんなレースかはおおまかには知っていたよ。
夜中の山を、ヘッドランプを着けて、思いザックを背負って、
走るんだが、歩くんだかわかんないような、
あの、ド変態なレースのことね!!!って程度なら。

たまにランニング雑誌などで記事を見かけても、
「ふーーーーーん」って、そんな程度にしか見てなかった。

だって、さ!
山を走る爽快感って、やっぱ明るい空でしょー、緑でしょー、
マイナスイオンでしょー、鳥さんの声でしょー、
それがなければトレイルランの楽しみなんて半減しちゃうじゃん。

てか、まったく無いに等しいじゃん!って思ってたのね。

夜中に山をうろうろなんて・・・

こっわ~いってば!

それが何故出場を決めたのか?

昨年(2006年)、初めての山岳レース・北丹沢耐久レースを終え、
同じくらいのタイムの人たちと、つけうどんを食していた時。

「ハセツネは出ないのー?そのタイムなら完走出来ちゃうよ?」
と言われたことが最初といやー最初かも。

その時は、「いやいや敷居が高すぎるっすよー」と答えたものの、
フツーの婦女子が参加するレースじゃないっしょ!と思ってた。

が。
この大会で話をした人たち、結構参加経験があることにもびっくり。
ハセツネ人口なんて、レース人口のほぉーーーーーんの一部だと思ってたし。
げんに、私が雑誌で体験談を読んだ記事には、参加人数はまだ1000人以下だった。

スタート前に話をしていた女性は。
私と同年齢くらいで、すっごく細い体の人だった。
足に筋肉なんてついてないかのような。
なのに、昨年の雨でどろどろのレースに出場したと言う。

が。
第1関門でリタイアとなるが、山が好きだから今年も挑戦したいと、
すっごくキラキラした瞳で語ってくれた。

こんな一見弱々しい女性さえも虜にするハセツネって一体・・・・・

が。
家に帰るとすっかりハセツネのことは頭から離れてたんだよね。

そして、買ったはいいがまだ読んでもいなかったアドベンチャー・スポーツを手に取り、
あー、そーそーDVDにハセツネの様子が映ってるんだなーと。
おもむろに見てみたら・・・・・・

なんじゃこりゃー!!!!!!!!!

なんともド熱い青春野郎どもが火花を散らしているではないか!

もっと見たい。

早速、その前年の、横山氏の優勝の時の大会が収められてるアドスポのバックナンバーを取り寄せる。

こっちもまたまた凄いじゃないかあ・・・
いやん、惚れそう・・・・・・♪

この熱い思いを、私もぶつけてみるしかないじゃんかー!っと。
私のとった行動とは。

まず都岳連のHPを開いて。
役員の募集してないかなー♪、と。
とりあえず役員をして、様子を伺うことにしようということだった。

いきなりこんなレース、知り合いもいないのに参加できないよねー。

が。
都岳連のHPは、もう夏だというのに更新してなかった・・・
当然、役員の募集告知もなかった。

ちぇぇぇぇ。

まっ、制限時間は24時間もあることだし。
3ヶ月も期間があれば、練習も多少出来るし。
デコボコの準備でもやってやれないことはないかーと。
あっさり、参加を決めてしまった。

それに私が敬愛してやまないえくんちょさんも、

きっと今回もハセツネに出場することだし!

まあ、結局。
刺激が欲しいお年頃なのである。
面白いことには飛びつく勢いがないと、すぐに足は棺おけに突っ込んじまうって・・・

しかし。

ヘッドランプってどこで買うの?

ヨドバシ?
ビック?

 ※2006年ハセツネ物語は、暇な時に少しずつアップします。
  短くなんて、書けないんだも~ん!

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